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欧州の小型ロケット「ヴェガ」、最後の打ち上げ - 波瀾万丈の歩みとその未来

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●ヴェガ・ロケットのこれまでの歩み - 順調な船出と、つまずき
フランスの宇宙企業アリアンスペースは2024年9月5日、小型ロケット「ヴェガ(Vega)」を打ち上げた。搭載していた地球観測衛星「センチネル2C」を予定どおりの軌道に乗せ、打ち上げは成功した。

ヴェガにとって、これが最後の打ち上げだった。

ヴェガはイタリアが中心となって開発したロケットで、2012年にデビューし、欧州の自立した宇宙輸送の一翼を担ってきた。一方で、22機の打ち上げ中、2機が失敗するなど、信頼性には疑問が残った。

後継機となる「ヴェガC」とその未来にも暗雲が立ちこめる一方、イタリアも新たな手を打ちつつある。

ヴェガ・ロケット

ヴェガは、イタリア宇宙機関(ASI)と欧州宇宙機関(ESA)が開発した小型ロケットである。

その目的は、欧州における小型衛星の自立した打ち上げ手段を手に入れること、そして小型衛星を安価かつ手軽に打ち上げられるようにし、商業打ち上げビジネスでシェアを取ることにあった。

ヴェガの開発構想が立ち上がった1990年代、世界では小型衛星の開発が始まりつつあった。2000年代に入るとブームが花開いたものの、その打ち上げにおいては、ロシアのロケットが幅を利かせていた。とくに、退役した弾道ミサイルを転用したこともあり、圧倒的な低価格で市場を席巻した。

欧州も例外ではなく、EUの地球観測プログラム「コペルニクス」を構成する衛星の打ち上げでも、ロシアのロケットを多く利用していた。そのため、今後を見据え、小型衛星の打ち上げにおけるロシアへの依存度を減らすこと、そしてビジネスで打ち勝つことが求められたのである。

ヴェガは全長約30m、直径約3mで、1~3段目は固体、4段目のみ液体ロケット段「AVUM」を搭載するという、全4段式の構成をしている。固体ロケットは小型ロケットに向いている一方で、制御が難しいという欠点もある。そこで、最後の段だけ液体にすることで、軌道投入精度の向上を図るとともに、複数の衛星をそれぞれ異なる軌道に入れるなどの芸当を可能にしている。

打ち上げ能力は、高度700kmの極軌道に1.5tと、日本の「イプシロン」やインドの「PSLV」などに近い性能をもつ。

開発にあたっては、イタリアが主導的な役割を果たし、出資額も最も多かった。製造におけるプライム・コントラクターも、イタリアの航空宇宙メーカー、アヴィオ(Avio)が担当する。欧州の主力大型ロケット「アリアン5」や「アリアン6」は、フランスのメーカー、アリアングループが中心となって開発、製造していることもあり、イタリアにとっては「ヴェガは自分たちのロケットである」という自負が強く、ことあるごとに強調されてきた。

もっとも、欧州のロケットの常であるように、フランスやスペインなど、他のESA加盟国も出資やコンポーネントの供給で参画している。また、第4段の液体ロケット段に装備するロケットエンジンは、ウクライナのユージュマシュが製造し、供給している。販売や運用も、フランスに拠点を置くアリアンスペースが担当した。

順調な船出と、つまずき

ヴェガの開発は2003年に正式にスタートした。古今東西のロケットの例に漏れず、開発は遅れたものの、2012年2月13日に初めての打ち上げを迎え、無事に成功を収めた。

以来、今回の最後の打ち上げまでに、12年間で22機が打ち上げられ、20機が成功した。ただし、そのうち1機はサブオービタルへの打ち上げだったため、衛星打ち上げに限ると21機中19機となる。

この数字――12年で22機という打ち上げ数はやや少ない。なにより、打ち上げ成功率約91%という数字も、現代のロケットとしては低い。

最初の失敗は 2019年7月17日、15号機(VV15)の打ち上げで起き、第2段ロケットモーターが燃焼中に爆発した。その後の調査で、モーターに構造上の問題があったことが原因とされている。

約1年後の2020年9月3日には、16号機(VV16)の打ち上げ成功により運用を再開したものの、同年11月17日の17号機(VV17)の打ち上げでふたたび失敗を喫した。このときは、第4段AVUM のケーブルが誤って接続されていたことが原因とされる。

また、商業打ち上げ市場でも苦戦を強いられた。低価格なロシアのロケットに対抗できるほどの打ち上げ価格にはできず、高価格でも顧客が納得できるほどの付加価値――信頼性など――も提供できなかった。また、ロシア製ロケットは次第に市場から撤退したものの、スペースXの「ファルコン9」ロケットによる小型衛星の相乗り打ち上げサービスが人気を博したことで、ここでも優位に立つことはできなかった。

このため、ESAやフランス国立宇宙研究センター(CNES)、ASIといった、官需の衛星打ち上げミッションが多くなった。もっとも、今回のセンチネル2Cの打ち上げのように、欧州の地球観測プログラム「コペルニクス」を支えるなど、欧州における小型衛星の打ち上げの自立性を維持するという点では十分な実績を残した。

前述のように、かつて欧州はロシアのロケットを数多く利用していたが、2010年代以降、ロシアのロケットは信頼性や打ち上げスケジュールの確実性が大きく崩れ、また2014年のクリミア併合、そしてなにより2022年のウクライナ侵攻によって、使用することもできなくなった。ヴェガがなければ、欧州の宇宙開発は大きな影響を受けていただろう。

●喫緊の課題は信頼性の回復 - さらにフランスからの刺客、そしてヴェガ・ネクスト
ヴェガC、ヴェガE

ヴェガの運用は終わったものの、アヴィオはすでに後継機の「ヴェガC」を開発、製造しており、アリアンスペースによる運用が始まっている。

ヴェガCはヴェガをベースに、第1段や第2段の固体モーターを改良、大型化するなどし、打ち上げ能力が向上している。また、先ごろ初打ち上げに成功した大型ロケット「アリアン6」との部品の共通化により、シナジー効果によるコストダウンも図っている。これによりヴェガよりも打ち上げ能力が向上しながら、打ち上げコストは据え置きとなっており、コストパフォーマンスが向上している。

ただ、2022年7月13日の初打ち上げこそ成功したものの、同年12月21日には初の実運用かつ商業打ち上げとなる2号機の打ち上げが失敗に終わった。その後の調査で、第2段の固体モーターのノズルに欠陥があったことが判明した。さらに2023年には、改修した第2段モーターの地上燃焼試験に失敗したこともあり、現在まで2年近くにわたって打ち上げは中断している。

そもそも、先代のヴェガも2019年と2020年に相次いで失敗したことを踏まえると、信頼性の低下が深刻なレベルにあることは否めない。

また、ヴェガCの第4段「AVUM+」にも、ウクライナ製のロケットエンジンが使われている。ESAは「すでに(侵攻前に)イタリアへ送られたエンジンのストックが十分にあるため、中期的には問題ない」としているが、戦争が長引いたり、ウクライナの工場が被害を受けたりすれば、いずれはエンジンの在庫がなくなり、打ち上げができなくなる事態も考えられる。

こうした中、ESAやアヴィオは、ヴェガCのさらに後継機となる「ヴェガE」の開発を進めている。

ヴェガEは、ヴェガCの第3段と、ウクライナ製エンジンを使う第4段を、新型の上段に丸々置き換える。この新型上段には、液体酸素と液化メタンを推進剤に使う新開発の「E10」エンジンを搭載する。ヴェガCの第4段AVUM+では、非対称ジメチルヒドラジン(UDMH)と四酸化二窒素(N2O4)を使用していたが、液体酸素とメタンにすることで性能が向上し、環境にも優しくなる。名前のEは「Evolution(進化)」から取られており、初期型のヴェガはもちろん、ヴェガCからも大幅な進化を遂げるということが示されている。

ヴェガEの初打ち上げは2026年に予定されている。

ヴェガの未来

ヴェガが引退し、ヴェガCの飛行再開を控えたアヴィオとアリアンスペースにとって、目下の課題はヴェガの信頼性回復にある。ヴェガが2機、ヴェガCも1機が、それもここ数年の間に相次いで失敗したことは一大事であり、今後の欧州の宇宙輸送の自立性を維持し続けるためにも、また商業打ち上げを獲得するためにも、早期の飛行再開と、成功を積み重ねることが求められる。

こうした中で、とくにイタリアにとっては、ヴェガというロケットが存続できるかどうかという危機にも瀕している。ESAは最近、民間のベンチャー企業による小型・超小型ロケットの開発支援に力を入れており、フランスやドイツ、英国、スペインなどから、数多くのベンチャーが立ち上がっている。

たとえば、フランスの「マイアスペース(Maia Space)」が開発中の「マイア」ロケットは、バイオメタンと液体酸素を推進剤とするロケットで、太陽同期軌道に1.5tの打ち上げ能力をもつ。すなわち、ヴェガCと直接競合する性能である。

2025年にも試験打ち上げを行い、2026年からの商業打ち上げの開始を目指している。また、打ち上げ能力は落ちるものの、第1段機体の回収、再使用も視野に入れている。

そして何を隠そう、マイアスペースは、アリアングループの100%子会社であり、そもそもフランス国立宇宙研究センターとアリアングループとの共同研究から始まったベンチャー企業でもある。さらに、マイアには、CNESとアリアングループが開発中の再使用ロケット実証機「テミス」と、それに使用される「プロメテウス」ロケットエンジンの技術が使われることになっている。

こうした、ある意味ではフランスからの三行半とも取れる動きに対し、アヴィオも対抗策を打っている。2023年11月にはESA閣僚理事会において、アヴィオが将来的にアリアンスペースから離れ、自社のみでヴェガCの販売、打ち上げを可能にする決議が採択された。これにより、2025年に予定されているヴェガ29号機の打ち上げまではアリアンスペースが関与するものの、その後の打ち上げからは、アヴィオが自由に、すべてを手がけることになる。

また、2022年には、2030年代ごろの実現を目指した、「ヴェガ・ネクスト」というロケットの開発構想を明らかにした。ヴェガEの技術を踏まえて、全段にメタン・エンジンを使うとともに、再使用型ロケットにもするという。もともとのヴェガの面影はまったくなくなり、米国のスペースXのロケットや、前述したマイアのような、最新の技術トレンドを最大限に取り入れた、野心的なロケットである。

こうした動きは、欧州の宇宙開発にとって、またとない大きな変革である。長い間、欧州のロケットといえばESAが中心となって、欧州各国で分担して開発、製造し、アリアンスペースが運用するのが通例だった。しかし、スペースXの登場によるロケットの価格破壊や、再使用型ロケットなどの新しい技術、そして宇宙ビジネスの発展、市場拡大といった動きを背景に、産業界が中心となってロケット会社アリアングループが立ち上がり、そしてアリアン以外の企業も次々と登場し、欧州内の各国間での競争が起こりつつある。

これは、欧州における宇宙輸送の自立性の維持という観点からは、複数のロケットがあることは望ましく、また市場競争による価格低下や技術力向上などのメリットも見込める。一方で、すべての企業やロケットが生き残れるとは限らず、業界再編などの動きも強いられるだろう。

今後、欧州内のロケット開発競争によって、欧州の宇宙輸送は、そして国際的な衛星打ち上げ市場での立ち位置はどう変わっていくのか、大いに注目したい。

○参考文献

VEGA SUCCESSFULLY LAUNCHES SENTINEL-2C INTO ORBIT | Avio
・ESA - Farewell to Vega
・ESA - Vega
・ARIANESPACE SUCCESSFULLY LAUNCHES EUROPE’S COPERNICUS EARTH OBSERVATION PROGRAM SENTINEL-2C SATELLITE | arianeSpace
・ESA MINISTERIAL COUNCIL: IMPORTANT DECISIONS REGARDING ARIANE 6, VEGA C AND VEGA E | Avio

鳥嶋真也 とりしましんや

著者プロフィール 宇宙開発評論家、宇宙開発史家。宇宙作家クラブ会員。 宇宙開発や天文学における最新ニュースから歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。 この著者の記事一覧はこちら

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