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青森に立ち寄るルート設定で両社の思惑が合致
北海道新幹線の開業に合わせ、
日本航空(JAL)と
東日本旅客鉄道(JR
東日本)が
函館旅行で手を組んだ。航空機と新幹線を片道ずつ使う旅行商品を展開し、一度は
北海道新幹線に乗ってみたいが、片道(主に帰り)は時間短縮のために航空機を使いたいというニーズの開拓に乗り出したのだ。新幹線が新規開業する場合、旅客を奪い合うライバルとして語られることの多い両社。共同で旅行商品を展開する取り組みは新鮮だが、両社が手を組んだ狙いはどの辺りにあるのだろうか。
○流動人口の拡大が共通の願い
片道ずつの旅行商品は、JALとJR
東日本が企画し、旅行会社に働きかけて商品化した。首都圏在住の顧客が主なターゲットで、ルートとしては
青森に必ず立ち寄る設定となっている。例えば
東京駅から新
函館北斗駅まで新幹線で移動し、2日目に新幹線で
新青森に入り、3日目は
青森空港から
羽田空港に帰ってくるというような旅程が考えられる。
「ほかの交通機関と旅行客を奪い合うのではなく、流動人口全体を増やしたいというスタンスで取り組んでいる。そのなかで、片道新幹線、片道航空機という商品を望む顧客もいるだろうと考え、商品設定を行った」。今回の旅行商品ができた背景について、JR
東日本の広報担当はこう語る。
気持ちはJALも同じで、同社の国内旅客販売推進部国内業務グループの吉田秀彦氏は「旅行需要の創出と(周遊旅行による)地域の活性化を考え、我々のほうから声を掛けた」と旅行商品を企画するに至った経緯を説明してくれた。
新幹線開業のタイミングを活用し、
函館、
青森、首都圏を巡る旅行需要を取り込みたい両社。この想いが今回の商品企画に結びついた最大の要因だが、首都圏~
函館間という区間の持つ特性が、両社の協力を後押しした部分もある。
○
青森に立ち寄るルート設定が両社の思惑に合致
JR
東日本がJALを協力相手に選んだ要因としては、
青森に立ち寄るというルート設定が可能だったことも大きい。首都圏~
函館と首都圏~
青森の双方で定期便を飛ばしているJALは、
青森と
函館の双方が空路の玄関口となりうる旅行商品を作るにあたり、JR
東日本のパートナーとして最適だったのだ。ちなみにANA(
全日本空輸)は
東京~
青森の定期便を運航していない。
航空機は空港間の移動となるため、途中下車が可能な新幹線を組み込み、
函館と
青森の両方を周遊できる旅行商品を企画できる点は、様々な顧客のニーズに対応したいというJAL側の考えにも合致した。
●首都圏~
函館、手を組むには絶妙な距離
○首都圏~
函館間は距離が絶妙
今回の旅行商品が成立した背景としては、首都圏と
函館の距離が丁度よかったことも見逃せないポイントだ。この区間は新幹線で最速4時間2分の距離。いわゆる「4時間の壁」が立ちはだかるため、一般的にいえば空路が有利な区間となる。
例えば
東京から新幹線で2時間28分の
金沢旅行を考えた場合、JALが片道航空機、片道新幹線の旅行商品を提案したとしても、鉄道会社側にしてみれば受け入れる理由が見出しづらい。この距離であれば、空港までの移動や航空機の待機時間などを考慮し、新幹線を選ぶ旅行客が増える傾向にある。鉄道会社にしてみれば、わざわざ片道を航空機に割り当てる必要がないわけだ。一方で首都圏~
函館は、
北海道新幹線が開業しても航空機に時間的優位性の残る絶妙な距離。鉄道会社が片道航空機の旅行商品を作る動機は十分といえる。
○距離的には有利な立場のJAL、JRと組んだ狙いは?
「4時間の壁」の関係で不利な立場にあるJR
東日本が、JALを巻き込んで今回の旅行商品を作る理由は分かりやすい。一方、首都圏~
函館間では有利な立場にあるJALが、自らJR
東日本に声を掛けて、この旅行商品を企画した動機については分かりづらい部分がある。JALの狙いはどのあたりにあるのだろうか。
「今回の商品で選択肢を増やし、旅行需要の創出と多様な顧客ニーズへの対応を図りたい」。JAL国内旅客販売推進部国内業務グループのアシスタントマネジャーである鈴木亮介氏は、今回の旅行商品を作ったことにより、
青森、
函館、ひいては
北海道全体を絡めた旅行商品のメニューを拡充できたことに意義があると語った。
JALによると、首都圏~
函館間および首都圏~
青森間の航空便は、まだまだ航空需要の創出が見込める路線だ。今回の旅行商品は個人旅行者向けとなっているため、少しの空席でも有効活用できる点はJALにとっても都合がいいのだろう。
○リピーター獲得も狙いの1つ
JALの狙いとして、メニュー拡充と航空需要の創出以外で思いつくのがリピーターの獲得だ。4時間の壁を考えた場合、
北海道新幹線に一度は乗ってみたいと考える旅行客でも、
函館を再訪する際には航空機を利用する可能性が高い。今回の旅行商品で
函館・
青森を訪れ、もう一度同地を訪問したいと考える旅行者は、JALにとっての潜在的なリピーターとなる。
この狙いについてJALの吉田氏に尋ねると、「結果的にそういった効果もあるかもしれない」と一部は認めつつも、JRと組んだ最大の理由は、旅行業界が抱える共通の課題に対処したいがためだと強調した。その課題とは、人口減少による国内旅行市場の縮小だ。
●もはや旅行客を食い合っている場合ではない国内旅行市場
○国内旅行市場の維持・拡大が業界全体の課題に
観光庁によると、日本人国内旅行の延べ旅行者数は、ここ数年の間6億人台後半で推移している。2010年から2015年までの5年間を見た場合、最も多かったのが2011年の6億9,383万人。2015年は速報値で6億6,293万人だったため、国内旅行者は減少傾向にあると見ることもできる。航空会社と鉄道会社が、旅行者を食い合っている場合ではなくなりつつあるわけだ。
JALと鉄道会社も、外から見るほど厳しい競合関係にあるわけではない。JALの吉田氏によると、鉄道会社との協業案件は「実は結構ある」そう。例えばJR西日本とは、ロサンゼルス~
京都間で航空機と鉄道のチケットを一括販売するビジネスを手掛けたり、
大阪~
九州間で片道新幹線、片道航空機の旅行商品を展開したりした実績がある。
○航空会社と鉄道会社、手を組みやすい時代に?
協業の実績を知れば、
北海道旅行でJALとJR
東日本が組んだのも驚くにはあたらないが、今回の旅行商品を大々的に打ち出したことで、「(様々な業種との提携を)改めてアピールする機会になったと思う」と鈴木氏は語る。国内旅行市場を共に盛り上げていくうえで、いつまでも競合関係と見られたくないというのが両社に共通する想いなのかもしれない。
鉄道と航空機を組み合わせることで開拓できる商機については、「大いにありそう」というのが鈴木氏の見立てだ。JR
東日本と組んだ今回の旅行商品は、2016年9月30日の帰着分で販売終了の予定となっているが、評判がよければ期間の延長もありうるという。3月の発売から現在までの手応えは上々の様子。冬季はウィンタースポーツの旅行客が見込めるため、この旅行商品が継続となる可能性も十分にある。
新幹線開業やインバウンドの急拡大など、大きなムーブメントが起こるときにはJALと鉄道会社の協業機運も高まる。
東京オリンピック、
北海道新幹線の
札幌延伸、北陸新幹線の
福井延伸など、将来のイベントでJALと鉄道会社がどのような協業を行うか。共同で戦略を練る土壌は整いつつあるようにみえる。